卒業生からのメッセージ
西村春輝と申します。
2007年に嵯峨野高校普通科I類を卒業しました。
略歴
嵯峨野高校卒業後、佛教大学教育学部臨床心理学科に進学し、その後筑波大学大学院人間総合科学研究科心理専攻に進学しました。そのまま大学院で心理学の博士号を取得した後、量子科学技術研究開発機構で3年間、博士研究員として勤務した後、現職の大原記念労働科学研究所で研究員をしています。
高校時代の様子
大学院から今まで、研究者として活動を続けてきた私ですが、実は高校時代は勉強を完全に放棄していて、色々な方々に心配されていました(その節はご迷惑をおかけしました...)。部活(剣道部)は楽しかったので、毎日部活のために通っていましたが、定期試験はほぼ赤点で、2年生の時は、生物と英語と数学が5段階評価で1、残りは全て2か3という有様で、当時は研究者になることなど全く考えられませんでした。
そんな私ですが、3年生になる頃にカウンセリングの仕事に興味を持ったことがきっかけで、臨床心理士を目指しました。元々、仕事をするなら人の役に立つ仕事がしたいと思っていたのですが、根が引きこもりの私の性格とカウンセリングのような仕事が合っていそうだなと思ったのです。なお、心理学を使って「心の問題(悩みや心の病気)」を扱う仕事をするための資格として、当時は臨床心理士が最も主流でしたが、数年前に公認心理師という国家資格もできました。
志望校は臨床心理学を専門的に学べる学校にと思い、佛教大学臨床心理学科にしました。当時の自分としては高い目標でしたが、なんとかギリギリ合格することができました。
大学時代
心理学は私にはとても合っていたようで、大学で心理学を勉強しているうちに、研究者になりたいと思うようになりました。そして学部の恩師の勧めもあり、筑波大学の大学院に一浪して入学しました。その後博士課程まで進学し、博士号取得後に量子科学技術研究開発機構の博士研究員として研究を行った後、現在に至ります。
高校時代を振り返って
私の高校時代の過ごし方は、どう考えても効率が悪く、研究者という職業に就く上では大きな回り道をしたなと思います。私は高校生の頃から「楽しくないことはやらない」「納得できないことはやらない」という思いが強かったと思います。その頃は将来の目標もなかったので、「やりたい事がないのに勉強してもしょうがない」と極端なことを思っていました。
今でも勉強は嫌いですが、高校時代に勉強していなかったことを後悔することも多いです。学部生のころは論文の内容を理解して執筆するための英語やデータ分析をするための数学を勉強し直す必要がありました。今でも、必要な解析方法を理解するのにとても時間がかかります。漢字の読み方を間違えているのではないかといつもハラハラしています。でも同時に、回り道をしたから今の仕事や生活があるのかな、という納得感もあります。
心理学と現在のお仕事
ところで、皆さんは心理学にどんなイメージを持っていますか?大学の心理学の講義で心理学のイメージを尋ねると、「メンタリスト」「人の心が読めそう」「プロファイリング」「カウンセラー」「心の病を治す」のようなものがよく挙げられます。
実は、学問としての心理学は、これらのイメージとは、かなり乖離があります。たとえば、基礎的な心理学のテキストでは、脳神経系の情報伝達の話や、脳のそれぞれの場所はどんな働き方をしているのか、についての解説から始まります(当時は「洗礼」と呼んでいました)。理系っぽいですね。脳神経系の基礎を学んだ後、知覚、記憶、感情、集団行動、心の疾患など、人間の行動に関する科学的知識について学び、人の心を読むようなテクニックは悲しいことに学ぶ機会はありません。
特に多くの学生が苦労しやすい一方で、「ハマる人はハマる」のが、統計学と調査・実験の手法についてです。大学は研究をするところですから、心理学で心のメカニズムについて研究するためには、これらの技術の習得は避けて通ることができません。いわゆる文系に属する学生にとっては、統計学や実験は苦労しやすいところです。もちろんそのことは先輩や大学の教員も重々承知であり、また自らが経験してきたところですので、教え方を工夫したり、色々なサポート体制があることも多いです。そのような体制があったので、私も学部生の時に理解することができました。
大学院の研究と現在の仕事について
大学院では、簡単に言うと、「ネガティブな思考」について研究を行いました。どんな人でも、落ち込んだ時には、自分についてあれやこれやと考えてしまいます。心理学では、自分について繰り返し考え続けることを「反すう」と呼びます。反すうは誰でも起こり得るものなのですが、それが何時間も何日も続いてしまうと非常に苦しいです。そのため、私は大学院で、何故、このように考え続ける人とすぐに考えを辞められる人がいるのか、について研究を行いました。
ヒトは、絶えず、何かに注意を向けています。たとえば、授業中をイメージすると、先生の話、窓の外の景色、近くの席の友達の話声、最近面白かった漫画のことなど、同時に様々な刺激に注意を向けており、その対象は絶えず変化しています。また、同時に色々な対象に注意を向けてはいますが、そのバランスは様々です。先生の話に100%注意を向けていることもあれば、趣味のことと先生の話の割合が8:2くらいの時もあるでしょう。集中できないときに、自分から「よし勉強をしよう」と思っても、うまく先生の話に注意を向けられず、つい別のことを考えてしまうこともあるでしょう。このように、注意というのは自発的なコントロールが難しいものであることは、皆さんも実感していることと思います。
そこで、我々ヒトは注意を望むところに向けられるように、自分の意志ではなく様々な「条件」を整えます。たとえば、「図書館に行く」、「机の周りを整理整頓して気が散らないようにする」、「タイマーをセットして勉強時間を決める」、などです。心理学では、様々な実験を行って、ヒトはどのような条件で注意を向けることができるのか、あるいは向けられなくなるのか、についての研究が積み重ねられてきました。それによって、ヒトの注意のメカニズムもある程度わかってきています。私の研究では、反すうをよくする人と、よくしない人の注意の特徴について、様々な条件で実験を行うことで、そのメカニズムを調べ、博士論文を書きました。
心理学を生かした仕事
このような大学院での研究の経験は今の仕事にも活きています。皆さんは、間違えた時やうまくいかなかった時、「もっと集中しろ」「注意力が足りない」などと誰かから指摘されたことはありますか?人生で全く言われたことのない人はおそらくいないでしょう。しかし、上述のように、注意を向けられるかどうかは、その時の条件(体調や経験も含む)によって大きく変化するので、「集中しろ」と言われても、その条件が変わらないと集中するのは難しいのです。多くの人が「失敗をしない人はいない」ということは頭では理解してはいるのですが、その一方で、多くの人が「集中できなかった」条件には目を向けず、このような言葉をかけるだけで何とかしようとする態度を持っています。授業の話だけであればそのような態度を持っていても、誰かが怪我をしたり、亡くなったりすることはありませんが、製造業や建設業などの危険を伴う仕事では、ちょっとしたことで大きな事故につながることがあります。また、商品の品質に大きな影響を与えるかもしれません。一度の失敗の影響が大きいので、失敗を予防するための効果的な制度や対策をとる必要があります。それは、工学的な設備だけでなく、どのようなルールで運用するのか、どのように人々が働いているのかという心理学的な側面を知らないと、良い制度や対策は作れません。
今の仕事は、心理学に基づくヒトの一般的な行動原理を活用して、働く人々の安全や心身の健康に関する調査や研究を行っています。まだこの分野の仕事を学び始めたばかりなので、勉強することばかりですが、これまで取り組んできた心理学やデータ分析の方法を使った専門的な仕事ができて、とてもやりがいを感じています。勉強は相変わらず嫌いですが、心理学と今の仕事は好きなのでなんとかやっています。
最後に、本記事を読んで心理学に興味を持った方は、日本心理学会が主催している「高校生のための心理学講座 YouTube版」を是非ご覧ください。心理学の分野は非常に幅広いので、この中に気になる分野があれば是非、心理学部や心理学科の受験を検討していただければと思います。(「洗礼」を受けずに済むことでしょう」)
「日本心理学会 心理学に興味のある方へ」
https://psych.or.jp/public/
「心理学ミュージアム」
https://psychmuseum.jp/
「高校生のための心理学講座 YouTube版」
https://psych.or.jp/interest/lecture_hs/
初めて心理学実験室が創設されたドイツのライプチヒ大学にて